東京地方裁判所 昭和56年(モ)18645号 判決 1987年12月23日
債権者(異議被申立人)
エッソ石油株式会社
右代表者代表取締役
八城政基
右訴訟代理人弁護士
馬場東作
同
佐藤博史
右訴訟復代理人弁護士
高橋一郎
債務者(異議申立人)
全国石油産業労働組合協議会
スタンダード・ヴァキューム石油労働組合
右代表者中央執行委員長
村石文彦
債務者(異議申立人)
全国石油産業労働組合協議会
スタンダード・ヴァキューム石油労働組合エッソ本社支部
右代表者支部執行委員長
徳満正治
右両名訴訟代理人弁護士
木村壮
同
菅原克也
同
佐藤博史
同
近藤康二
同
西尾孝幸
主文
1 右当事者間の昭和五六年(ヨ)第二二四七号ビラ貼付禁止仮処分申請事件について、当裁判所が昭和五六年一二月二五日付けでした仮処分決定を認可する。
2 訴訟費用は債務者らの負担とする。
事実
第一当事者の求めた裁判
一 債権者
主文第一項と同旨の判決を求める。
二 債務者ら
1 主文第一項記載の仮処分決定を取り消す。
2 債権者の本件仮処分申請を却下する。
3 申請費用は債権者の負担とする。
との判決を求める。
第二当事者の主張
一 申請の理由
1 当事者
債権者は、石油及び石油化学各種製品の販売等を業とする株式会社である。債務者全国石油産業労働組合協議会スタンダード・ヴァキューム石油労働組合(以下「債務者組合」という。)は、債権者及び申請外モービル石油株式会社の従業員の一部により組織されている労働組合であり、債務者全国石油産業労働組合協議会スタンダード・ヴァキューム石油労働組合エッソ本社支部(以下「債務者本社支部」という。)は、債権者の本社に在籍する従業員の一部により組織されている債務者組合の支部組織であるとともに、支部規約、支部執行委員長以下の機関を有する独立した労働組合でもある。
2 被保全権利
(一) 債権者は、申請外赤坂ティ・ビー・エス会館株式会社(以下「TBS」という。)から、その所有に係る別紙(略)物件目録中(一)記載の鉄骨鉄筋コンクリート造陸屋根地下三階付九階建建物(以下「TBS会館」という。)のうち、地下一階及び三階の各一部並びに地上五階から九階までの各事務室、倉庫、駐車場を賃借して、本社社屋として占有、使用している。また、右各階のエレベーターホール、階段、廊下、トイレ、湯沸場は、賃貸借契約上は共用部分とされているが、現実には債権者が専ら占有、使用しており、このような使用状況はTBSからも認められている。債権者は、賃貸借契約により右共用部分の使用に当たって善管注意義務を課せられているほか、賃貸借契約に基づく使用細則により建物汚損行為やけん騒にわたる行為などを禁じられている。
(二) 債権者と債務者組合との間の昭和五五年五月一九日付けの労働協約一九条においては、「組合及び組合員は第一八条に定めた掲示板の枠内以外の場所では文書、図画を掲示しない。但し、やむを得ない事由により掲示するときは予め会社の承認を得るものとする。」と定められている。そして、債権者は、右労働協約一八条の規定に基づき、債務者らに対し、前記五階から九階までの各エレベーターホールの壁面に約一メートル四方の掲示板を各一枚ずつ設置して貸与している。
(三) 債務者らは、昭和四九年ころから賃上げ等の闘争時に「ステッカー闘争」と称して、別紙物件目録中(二)記載の部分(以下「本件建物部分」という。)に大量のビラを貼付するようになり、債権者及びTBSの再三の注意、警告にもかかわらず、ビラ貼付を反復、継続してきたが、昭和五五年八月ころに至って、ビラ貼りがにわかに激烈化した。すなわち、債務者らは、同月から昭和五六年四月一九日までの間に、TBS会館の五階から九階までの各階のエレベーターホール壁面、ガラス製の扉、来客用カウンター、天井の照明カバー、部署表示板、社内連絡用スピーカー、時計、トイレ内等に、債権者の許諾を得ることなく、別紙一覧表記載のとおり多数のビラを連日のように貼付した。また、債権者が本件ビラ貼付禁止仮処分の申請をした昭和五六年四月二一日以降も、別紙一覧表記載のとおり、貼付の回数、枚数、貼付場所は従来より少なくなったものの、債務者らは主として各階エレベーターホール壁面にビラの貼付を続けており、更に昭和五六年一二月二五日にビラ貼付禁止の仮処分決定が出された後も、債務者らは依然としてビラの貼付を続けている。
(四) よって、債権者は、債務者らに対して、本件建物部分に対する占有権、賃借権若しくはこれらの権利を基礎とする施設管理権に基づき、又は前記労働協約一九条に基づき、ビラ貼付の中止を求める権利を有する。
3 保全の必要性
債務者らは、前記のとおり多数のビラを継続的に多数回にわたって貼付しているため、壁面だけでなく、大量の糊の垂下によって床面カーペットまでも汚損し、建物の美観を著しく損ねているのみならず、来客の目につくエレベーターホールなどに貼付するために債権者の信用を毀損するおそれが極めて大きく、来客や業者等から苦情と批判が出ている。また、貸主であるTBSから債権者に対して、ビラの貼付をやめさせるように強い要求がされている。そして、債務者らは、ビラ貼付禁止の仮処分決定後もビラの貼付を続けており、保全の必要性の存することは明らかである。
4 よって、債権者の申請を認容した昭和五六年一二月二五日付けの「債務者らは、その所属組合員又は第三者をして、債権者の占有、使用する別紙物件目録中(二)記載の施設内において、債権者の許可する場所以外にビラを貼付させてはならない。申請費用は債務者らの負担とする。」との仮処分決定の認可を求める。
二 申請の理由に対する債務者らの答弁
1 申請の理由第一項は認める。ただし、債務者組合は、債権者及びモービル石油株式会社の従業員のほか、申請外エクソン化学株式会社の従業員により組織された労働組合である。
2 申請の理由第二項について
(一)のうち、債権者がTBSからその所有に係るTBS会館のうち債権者の主張する部分を賃借して本社社屋として占有、使用していること、右各階のエレベーターホール、階段、廊下、トイレ、湯沸場は賃貸借契約上は共用部分とされていることは認めるが、右共用部分を債権者が専ら占有、使用することがTBSからも認められていることは否認する。その余の事実は知らない。なお、TBS会館の五階には、エクソン化学株式会社及びエッソ石油開発株式会社が入居している。
(二)の事実は認める。
(三)のうち、債務者らが昭和四九年ころから本件建物部分にビラを貼付するようになったこと、ビラ貼付の回数や枚数が昭和五五年八月ころから増加したこと、本件仮処分申請がされた後は貼付の回数、枚数、貼付場所が以前より少なくなったこと、仮処分決定後もビラ貼付がされていることは認める。
(四)は争う。
3 申請の理由第三項は争う。
三 債務者らの主張
1 被保全権利について
(一) 債権者の主張する被保全権利は賃借権、占有権又は施設管理権であるが、施設管理権は結局のところ賃借権や占有権を基礎とするものであるところ、債権者の有する賃借権や占有権の範囲は不明確である。特に、本件建物部分について債権者がこれを事実上支配していることは認められない。
(二) 企業内労働組合が組合活動又は争議行為のために当該企業の物的施設を使用することについて、使用者はこれを一定の程度まで受忍すべき義務を負担している。ビラ貼付が使用者の意に反してされたからといって直ちに違法不当なものと評価すべきではなく、憲法で団結権が保障されていることからして、企業運営に対する具体的、客観的な支障がない限り、使用者はこれを認めるべき義務がある。
また、労働協約におけるビラ貼付に関する定めは、本来平常時の組合活動のみを規律するものであって、争議時には適用がないと解すべきである。
(三) 債務者らが昭和五五年八月ころからビラ貼付を反復、継続して行うようになったのは、債権者が同年八月に労働協約の定めに違反して債務者組合と協議することなく浜松油槽所の閉鎖を一方的に強行し、同所の組合員を他へ配転させようとしたことに対する抗議と配転命令の撤回の要求、債権者が同年七月に債務者組合の中京分会連副委員長で名古屋支店分会書記長の落合昭人に対して債務者組合との事前協議なしに福岡支店へ転勤を命じたことに対する抗議と配転命令の撤回の要求、及び、債権者が昭和五一年六月七日付けで債務者本社支部の当時の委員長布川賢一、副委員長浅井信和、副委員長柴原睦夫及び書記長鏑木泰の四名を懲戒解雇処分としたことに対する抗議と解雇の撤回の要求のためである。
(四) 債務者らは、債権者が本件仮処分の申請をした昭和五六年四月以降は、月二回程度で、かつ、一回に五〇枚程度のビラを貼付しているにすぎず、これが債権者の権利を害することはない。
2 保全の必要性について
本件ビラ貼付は、前記のような債権者の浜松油槽所の一方的閉鎖、落合の不当配転、布川ら四名の不当解雇などの債務者組合に対する攻撃に対して、債務者らがその組織を防衛するために行ったもので、債権者の不当な行為がその原因となっており、債権者が自ら招いた結果であるから、保全の必要性はない。
また、ビラ貼付の回数、枚数等も前記のとおりであって、債権者が本件仮処分を申請した当時とは著しく様相を異にしており、現時点においてはもはや保全の必要性はない。
第三証拠(略)
理由
一 当事者
申請の理由第一項の事実は、当事者間に争いがない。
二 TBS会館の使用、占有状況
債権者がTBSからその所有に係るTBS会館のうち、地下一階及び三階の各一部並びに地上五階から九階までの各事務室、倉庫、駐車場を賃借して本社社屋として占有、使用していること、右各階のエレベーターホール、階段、廊下、トイレ、湯沸場は賃貸借契約上は共用部分とされていることは、当事者間に争いがない。そして、(証拠略)によると、右共用部分のうち六階から九階までのエレベーターホール、階段、廊下、トイレ、湯沸場については、債権者が右各階の事務室をすべて賃借し、使用しているため、現実には、債権者がこれを専ら占有、使用しており、また、五階のエレベーターホール、階段、廊下、トイレ、湯沸場は、債権者が申請外エクソン化学株式会社及び申請外エッソ石油開発株式会社と共に占有、使用しており、このような使用状況は賃貸人のTBSも認めていること、債権者とTBSとの賃貸借契約によって賃借人である債権者が遵守することを義務づけられている「TBS会館使用細則」によれば、掲示板以外の場所にビラを貼る行為が禁止されていることが一応認められ、この認定に反する証拠はない。
三 労働協約におけるビラ貼付に関する定め
申請の理由第二項(二)の事実は、当事者間に争いがない。
四 債務者らのビラ貼付の状況
債務者らが昭和四九年ころから本件建物部分にビラを貼付するようになったこと、ビラ貼付の回数が昭和五五年八月ころから増加したこと、本件仮処分申請がされた後は貼付の回数、枚数、貼付場所が以前より少なくなったこと、仮処分決定後も債務者らがビラ貼付をしていることは、当事者間に争いがない。右争いのない事実に、(証拠略)を総合すれば、次の事実を一応認めることができ、この認定に反する証拠はない。
1 債務者らは、昭和四九年三月の春闘闘争時にいわゆるビラ貼り戦術を採用することとし、本件建物部分その他債権者の事務所に要求事項を記載したビラを貼付したが、その後も賃金引上げ要求闘争等の闘争時にビラを貼付することを続けた。債権者は、ビラ貼付の都度、債務者らに対して貼付をしないように警告を行い、また、TBS会館の所有者からも、債権者に対してビラ貼付に対する抗議の申入れがされてきた。
2 債務者らのビラ貼り戦術は、昭和五五年八月ころから激化し、昭和五六年四月ころまでの間は、連日のごとく、TBS会館の五階から九階までの一つ又は数個の階において、そのエレベーターホール壁面、同ホールガラス面、受付カウンター、防火扉等にB五判又はB四判の大きさのビラを一回に数百枚から多い時には千枚以上を貼付した。その月別の貼付回数及び枚数はおおむね別紙一覧表記載のとおりであり、貼付したビラの内容は、債務者組合の中京分会連副委員長落合昭人に対する配転撤回要求、債権者の浜松油槽所の閉鎖反対、債務者本社支部の昭和五一年当時の委員長布川賢一、副委員長浅井信和、同柴原睦夫、書記長鏑木泰の四名の解雇撤回の要求が主要なものであり、その貼付の態様は、壁面の床に接するような部分にまで貼付して債権者のビラ撤去作業をあえて困難にさせるようなものであったり、債権者がビラを撤去しても次々に貼付を行っていくというものであった。これに対し、債権者はビラ貼りをやめるよう再三にわたり警告をしていたが、TBS会館の所有者又はその管理事務所からも債権者に抗議があったので、債権者は、債務者らのビラ貼りに対しては所定の掲示板以外には一切これを認めないとの態度を堅持し、本件建物部分の壁面にビラ貼付が行われてものりが乾くと自然にはく離するような特殊塗装を施し、債務者のビラ貼付後に速やかにこれを撤去していた。
3 債権者は、昭和五六年四月二一日、当裁判所に対して、債務者らの右のようなビラ貼付の禁止を求める本件仮処分の申請をした。しかし、この申請後も同年六月二日までは債務者らのビラ貼付の状況はそれ以前と変わりはなかった。債務者らは、同月四日から二二日までは、裁判所の審尋期日が開かれたり、その際に裁判所の和解勧告による労使間の自主交渉が行われたりしたことがあったので、ビラ貼りを一時中止したものの、その後再びビラ貼りを行うようになった。もつとも、その後のビラ貼りの回数及び貼付されるビラの枚数はそれ以前に比し激減し、月に二回程度で、一回の貼付枚数は三〇枚程度となった。この間の月別の貼付回数及び枚数はおおむね別紙一覧表記載のとおりである。
4 当裁判所は、昭和五六年一二月二五日、ビラ貼付禁止の仮処分決定をし、同日これを両当事者に告知した。しかし、債務者らは、その後もビラ貼付をやめることはせず、おおむね月二回程度、一回に五〇枚から七〇枚程度の枚数のビラを貼付しており、春闘の時期や夏冬の一時金闘争の時期等には回数が月四回程度に増加することもあった。この間の月別のビラ貼付回数及び枚数はおおむね別紙一覧表記載のとおりである。
最近のビラ貼付の状況をみると、ビラの形態は、主としてB四判の大きさの紙片にマジック・インキで一文字を書き、何枚かの紙片を並べて貼付して全体として一つの意味をもった要求事項とするものが多いが、なかには一枚の紙片に要求事項を記載する場合もある。要求事項の内容は、前記の布川賢一らの解雇撤回、組合弾圧粉砕等であり、例えば、「エッソは不当な解雇を撤回し直ちに解雇者を職場に戻せ」、「我々の生活を破壊する事業所閉鎖をやめろ」、「都労委勝利命令をかちとるぞ」、「エッソの組合弾圧を粉砕し今年こそ布川・浅井君の職場復帰を実現させるぞ」、「不当解雇撤回反合闘争勝利二組解体」、「エッソ石油は組合弾圧・差別をやめろ」等である。貼付の場所は主として各階のエレベーターホールの壁面であって、ビラの裏面にのりを付けて貼付している。
5 債務者らは、右のようなビラの貼付は組合活動として正当な行為であるとして、仮処分決定後もビラ貼りを続けており、解雇撤回闘争を継続している間は今後も仮処分決定後のビラ貼りと同様の形態でビラ貼りを行うことを方針として表明している。
五 ビラ貼付の違法性
右認定事実によれば、本件建物部分は、債権者がTBSから本社社屋として賃借している事務室に接するエレベーターホール、階段、廊下等であって、賃貸借契約上は共用部分とされているが、現実には、六階から九階までの部分は債権者が専ら占有、使用しており、五階部分も債権者がエクソン化学株式会社及びエッソ石油開発株式会社と共同して占有、使用している状況にあって、債権者の企業の物的施設に属し、債権者は本件建物部分につき占有権を有するものということができる。そして、労働組合又はその組合員が使用者の管理する物的施設であって定立された企業秩序のもとに事業の運営の用に供されているものを使用者の許諾を得ることなく組合活動のために利用することは許されないものというべきであるから、労働組合又はその組合員が使用者の許諾を得ないで企業の物的施設を利用して組合活動を行うことは、これらの者に対しその利用を許さないことが当該物的施設につき使用者が有する権利の濫用であると認められるような特段の事情がある場合を除いては、職場環境を適正良好に保持し規律のある業務の運営態勢を確保し得るように当該物的施設を管理利用する使用者の権限を侵し、企業秩序を乱すものであって、正当な組合活動として許容されるところであるということはできない(最高裁昭和五四年一〇月三〇日第三小法廷判決・民集三三巻六号六四七頁参照)。
これを本件についてみると、ビラの貼付が行われた本件建物部分は債権者が占有、管理する物的施設の一部を構成するものであるが、債務者ら及びその組合員は組合用掲示板として定められた以外の場所では文書、図画を掲示することを禁じられており、本件建物部分にビラを貼付することも禁止されていたのであるから、債務者らは、たとえ組合活動として行う場合であっても、本件建物部分にビラを貼付する権限を有するものでないことは明らかである。そして、更に、債務者らのビラ貼り行為は、解雇撤回や事業所閉鎖中止等を要求するために行われた組合活動であり、債権者の許可を得ないでされたものであるところ、ビラ貼付の場所、回数、態様、ビラの大きさ、枚数等に照らすと、貼付されたビラは債権者の従業員や来客等債権者の事務室へ出入りする者の目に直ちに触れる状態にあり、かつ、これらのビラは貼付されている限り視覚を通じ常時従業員等に対する組合活動に関する訴えかけを行う効果を及ぼすものとみられるし(このことは、債務者らのビラ貼付後債権者がビラを直ちに撤去しており、ビラが貼付されている時間が比較的短時間にとどまるとしても、そのことの故に別段の差異を生じるものではないというべきである。)、また、ビラ貼付について賃貸人のTBSから抗議を受けているのである。このような点を考慮すると、本件ビラ貼付は、債権者の業務遂行上、また施設の管理上現実の支障をもたらしているものというべきであるから、本件建物部分のビラ貼付を許さないことが債権者の権利の濫用であるとすることはできない。
債務者らは、企業内労働組合においては、労働組合が組合活動や争議行為のために当該企業の物的施設を使用する必要があり、労働組合が当該企業の物的施設を利用することについて使用者は一定限度でこれを受忍する義務を負うと主張するけれども、企業内労働組合が組合活動等のために企業の物的施設を利用する必要があるからといって、そのことの故に使用者の許諾を得ることなく企業の物的施設を利用することが許されることにならないのはいうまでもないから、債務者らの主張は失当である。
また、債務者らは、労働協約の定めは争議時には適用されないから、本件ビラ貼付は違法ではないと主張するけれども、右に述べたように、労働組合又はその組合員による企業の物的施設の利用は本来使用者の許諾を得て行われるべきものであるから、右労働協約の争議時における適用の有無にかかわらず、本件ビラ貼付が正当な組合活動として許容されるものでないことは明らかである。
そうすると、債権者は債務者らに対してビラ貼付の差止めを求める権利を有するものということができる。
六 保全の必要性について
債務者らの昭和五五年八月ころ以降のビラ貼付状況は前記四の2から5までに認定したとおりであって、本件仮処分申請後の昭和五六年六月以降は貼付の回数や枚数も激減しているものの、ビラ貼付を禁止する仮処分決定がされた後も依然としてビラ貼付が続けられていること、債務者らはビラ貼付を中止する考えはないことを明言していることを考えると、保全の必要性が存するものと認めるのが相当である。
なお、債務者らは、本件ビラ貼付は債権者の不当な攻撃に対する組織防衛のため行われたもので、債権者が自ら招いた結果であるから、保全の必要性はないと主張するけれども、仮に本件ビラ貼付の目的が債務者ら主張のようなものであったと仮定しても、そのために保全の必要性がないということにならないのはいうまでもなく、債務者らの主張は失当である。
七 むすび
よって、債権者の本件仮処分申請は理由があり、事案の性質及び内容に照らして保証を立てさせないでこれを認容すべきところ、これと符合する主文第一項記載の仮処分決定は相当であるからこれを認可することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 今井功 裁判官 星野隆宏 裁判官片山良廣は、転補のため、署名押印することができない。裁判長裁判官 今井功)